納戸の奥から、ずしりと重い紙袋が出てきた。中には分厚い黒い盤が何十枚も重なっていて、隣には真鍮のラッパが付いた木の箱がある。応接間には、脚の付いた木目の大きなステレオがまだ座っている。そういえば父は数年前、「またレコードが聴きたい」と言って新しいプレーヤーを買っていた。「どれも重いし、何から手をつければいいのか分からない」。実家の片づけで、こうした「音モノ」に行き当たった方は少なくないはずです。
「蔵と押入れのお宝手帖」の織部宗一郎です。古美術の店に三十年ほど勤め、退職した今は骨董市を巡っております。市の片隅で誰かが蓄音機のゼンマイを巻き始めると、私はつい足を止めてしまいます。針が盤に落ちた瞬間の、少しくぐもった歌声が好きなのです。
この手帖では、音モノの見分け方と少しばかりの楽しみ方、そして手放す先の振り分けをお伝えします。音モノはものによって行き先がまったく違いますから、まとめて「古いオーディオ」として片づけると、値打ちのある一台を取りこぼします。
目次
実家の「音モノ」は、四つに分かれます
私の見てきた範囲では、実家から出てくる音モノは、だいたい次の四つに収まります。
| 種類 | 見分けどころ | 相談先の目安 |
|---|---|---|
| 蓄音機とSP盤 | 手回しのハンドルやラッパ、厚く重い盤 | 骨董・アンティークを扱う店 |
| LP・EPレコード | 薄くしなる盤、30cmと17cm | レコードを扱う店 |
| 家具調ステレオ | 脚の付いた木の箱にプレーヤーとラジオが一体 | 動作を見てもらえる店(処分なら自治体) |
| ここ数年のプレーヤー | 本体の銘板に型番、保証書が残っている | 型番で価格を調べてから売る |
同じ「音の出るもの」でも、四つは年代も材質も、見てもらう相手も異なります。最初に部屋の床を空けて四つの山に分け、山ごとに写真を一枚撮っておくと、あとの相談がずっと楽になります。
SP盤とLPは、同じ黒い円盤でも別物です
盤が厚く、手に取ってずしりと重ければ、まずSP盤を疑ってください。レコードの種類ごとの違いは、次のとおりです。
| 種類 | 回転数(1分間) | 大きさ | 材質 | 収録の目安 |
|---|---|---|---|---|
| SP盤 | 78回転 | 主に25cm、30cmもある | シェラック(天然樹脂) | 片面3〜5分ほど |
| LP | 33 1/3回転 | 30cm | 塩化ビニール | 片面15〜20分ほど |
| シングル・EP | 45回転 | 17cm | 塩化ビニール | シングルは1曲、EPは数曲 |
SP盤の材料であるシェラックは、硬い代わりに粘りがなく、落とせば瀬戸物のように割れます。アルコールに溶ける性質もあるため、アルコール入りのクリーナーで拭くのは禁物です。溝もLPより幅が広く深いので、今のプレーヤーでかけるなら78回転に対応した機種とSP用の針が要り、LP用の針のまま載せてはいけません。
日本レコード協会の音楽ソフト種類別生産実績推移を見ると、SP盤の国内生産は1936年(昭和11年)に約2,964万枚まで伸びたのち、LPやシングルが出回るにつれて減り、1963年(昭和38年)の2万5千枚を最後に途絶えています。押入れのSP盤は、どんなに新しくても六十年以上前のものです。
実家から出てくるSP盤は、流行歌のほかに浪曲や長唄、落語、童謡などが多く、昔の家族の楽しみがそのまま残っています。数枚ずつ冊子のような入れ物に綴じられていることもありますが、これが「アルバム」の元の姿で、盤と一緒に残しておくべきものです。
蓄音機の針は、片面ごとに替えるものです
蓄音機を鳴らすなら、針のことを知っておいてください。オーディオテクニカフクイが公開しているSPレコードの取り扱いによると、LPやEPのプレーヤーの針圧が約1.8gなのに対し、蓄音機では約200gもの重さが盤にかかります。SP盤を一面かけた鉄針は先がナイフの刃のように削れていて、使い続けると盤を削ってしまうため、一面ごとに新しい鉄針へ替えることが勧められています。鉄針は今も作られていますが、SP盤はもう新しく手に入りません。惜しむべきは針ではなく、盤のほうです。
店にいた頃、ご遺族が「もう鳴らないから」とラッパの付いた蓄音機を持ってこられたことがあります。ゼンマイの具合を確かめ、新しい鉄針に替えて盤を載せると、昭和の初めの流行歌が店いっぱいに響きました。ご家族は黙って最後まで聴いておられました。壊れていたのではなく、針が古かっただけだったのです。
石川県の金沢蓄音器館は、初代館長が昭和50年代に、無造作に捨てられた蓄音器を見て「直せばまだ鳴る」と集め始めたコレクションがもとになっています。蓄音器540台、SPレコード2万枚に達した品々を金沢市が譲り受け、2001年に開館しました。捨てられかけたものが町の宝になった話として、私はこの館のことをよく思い出します。
れきおんで、手元の盤の素性を調べる
SP盤を楽しむのに、蓄音機が要るとは限りません。国立国会図書館の歴史的音源(れきおん)には、1900年代初めから1950年頃までに国内で作られたSP盤などの音源が、約5万点収められています。権利の保護期間が切れたと確認できた一部はインターネットで誰でも聴けて、それ以外は国立国会図書館と配信参加館の館内で聴けます。配信参加館には各地の公共図書館も加わっていますので、お近くの図書館が入っているかを一覧で確かめてみてください。
盤の中央のラベルには、曲名や歌い手、レコード会社の名が刷られています。それを手がかりに検索してみてください。検索の画面で「ログインなしで閲覧可能」に絞り込めば、ご自宅で聴ける音源だけが並びます。同じ録音や同じ歌い手の音源が見つかれば、いつ頃のどんな盤か見当がつきますし、割れやすい盤を何度も回さずに済みます。
LP・EPの人気は戻りましたが、桁が違います
「最近はレコードが流行っているから、高く売れるのでは」。そう期待される方もいらっしゃるでしょう。
先ほどの日本レコード協会の統計では、2025年のアナログディスクの生産は約338万枚、金額にして約84億円でした。底だった2009年の約10万枚と比べて33倍、2020年の約110万枚からの五年でも3倍に増えていますから、人気が戻ったのは数字のうえでも確かです。
ただし1976年(昭和51年)には、アナログ盤が約2億枚も作られていました。今の約60倍です。私が中学生だったのはちょうどその頃で、町のレコード店の袋を抱えて帰るのが何よりの楽しみでしたし、友人の家に行けば同じヒット曲の盤が棚に並んでいたものです。実家の棚に並ぶLPの多くはその大量生産の時代の盤ですから、一枚ずつの値打ちは、盤の傷やジャケットの傷み、帯の有無といった状態で大きく分かれます。帯とは、日本盤のジャケットの端に巻かれた細長い紙のことで、捨てられやすいぶん、残っている盤は大事にされます。
盤の状態をご自分で見るときは、縁と中央のラベルだけに指をかけ、溝には触れないでください。窓の光に斜めにかざすと、細い擦り傷やカビの白い曇りが見えてきます。
手放すにせよ聴き続けるにせよ、見てもらうまでの保管で盤を傷めないことが先決です。
- 立てて並べる。斜めに傾けたままにすると盤が反ります
- 寝かせて積み重ねない。下の盤に重みがかかって歪みます
- 直射日光と暖房器具のそばを避ける。塩化ビニールは熱で変形します
- 押入れにしまうなら除湿剤を置く。湿気はカビを呼びます
- 帯、歌詞カード、内袋は捨てない。盤と一緒にあってこその値打ちです
見てもらう前に、拭き過ぎず、開けないでください
古美術の店にいた頃、きれいにしてから見せようと、レコードを一枚ずつ台所で洗ってこられた方がいました。ジャケットは湿気を吸って波打ち、帯は剥がれていました。お気持ちはありがたいのですが、手を加えるほど値打ちは下がります。
- 盤を水で洗わない。SP盤にはアルコールも使わない
- 埃は、乾いた柔らかい布で軽く払う程度にとどめる
- 蓄音機を分解しない。油も差さない
- 重いハンドルを、力まかせに回さない
- ジャケットや紙袋、アルバムから盤を抜いて、外側だけ捨てない
長く眠っていた蓄音機は、先ほどの解説にもあるとおり、中の古いグリスが固まって回りが重くなっていることがあります。壊してしまう前に、そのまま見てもらうほうが安全です。
相談の前に撮る写真は、蓄音機なら正面と、盤を載せる台の周り、メーカー名の入った銘板の三枚で足ります。SP盤やLPは全部を撮る必要はなく、ラベルやジャケットを数枚と、山全体を一枚撮っておけば、相手におおよその中身が伝わります。SP盤を運ぶときは重ねて平積みにせず、紙袋に入れたまま立てて箱に詰めてください。
四つの音モノ、それぞれの手放し先
相談先を分けるのは、それぞれに目の利く人が違うからです。蓄音機の機構を知る人がLPの帯の値打ちに詳しいとは限りませんし、その逆もあります。
蓄音機とSP盤は、骨董として見てもらう
蓄音機は、骨董やアンティークを扱う店に相談してください。メーカーと型、ラッパの有無、ゼンマイで回るかどうかで見方が変わります。SP盤は流行歌などの量産盤が大半ですが、まれに資料として貴重な録音が混じりますので、選り分けずにまとめて見せるのが安心です。
蓄音機の周りからは、小さな付属品が別の引き出しから出てくることもよくあります。盤に針を当てる丸い部品のサウンドボックス、替え針の入った小さな缶、盤を収めたアルバム。どれも本体と離れてしまうと元の組み合わせが分からなくなりますので、見つけたら同じ箱にまとめておいてください。
LP・EPは、レコードを扱う店へ
LPやEPは、レコードを専門に扱う店のほうが、盤とジャケットの状態をきちんと見てくれます。枚数が多ければ、段ボールに詰める前に背表紙が見えるように並べて写真を撮り、出張で見てもらえるかを尋ねてみてください。
家具調ステレオは、動くかどうかを先に
木目の家具調ステレオは、重さと大きさがまず問題になります。私の見てきた範囲では、運び出しの手間に見合う値がつくものは多くありませんが、きちんと鳴るかどうかで話は変わります。裏板などに貼られたラベルを探して、メーカー名と型名を控えておきましょう。通電を試すなら、その前に電源コードの被覆が割れていないかを確かめてください。処分を選ぶ場合も、型名の写真を添えて一度相談し、それからお住まいの自治体の粗大ごみの決まりを確認するのが順番です。
ここ数年のプレーヤーは、型番で目安を調べてから
最後が、ご両親がここ数年のレコード人気で買い直した現行のプレーヤーです。これは骨董ではなく、型番で値段の目安がつく品です。型番は、本体の背面や底面にある銘板か、購入時の箱や保証書で確かめられます。
型番が分かったら、型番買取.jpのレコードプレーヤーのページで目安を調べてから売り先を決めると、話が早く進みます。株式会社Rebroが運営するサイトで、国内外のメーカーの現行機が型番ごとに並んでおり、新品未開封・美品・良品・訳ありの状態別に目安の価格が分かります。掲載価格は週に一度取り直されていますが、確定した買取額ではありません。載っているのは型番のはっきりした現行の製品だけで、蓄音機や昭和のステレオ、古いプレーヤーは掲載されていませんので、そちらは先に書いた相談先へお回しください。
売ると決めたら、ダストカバー、針カバー、電源コード、取扱説明書をそろえておきます。針先には指で触れず、トーンアームを固定してから箱に戻してください。
まとめ
- 音モノは、蓄音機とSP盤、LP・EP、家具調ステレオ、ここ数年のプレーヤーの四つに分ける
- SP盤は78回転のシェラック盤。割れやすく、アルコールに弱い
- 蓄音機の鉄針は一面ごとに替える。惜しむべきは盤のほう
- 手元のSP盤は、ラベルの曲名や歌い手をれきおんで調べてみる
- LP・EPは立てて、涼しく乾いた場所に。帯や歌詞カードは捨てない
- 洗わず、分解せず、無理に回さず、そのまま見てもらう
- 現行のプレーヤーは型番を確かめ、目安を調べてから売る
蓄音機のゼンマイを巻くと、百年近く前の歌声が部屋に戻ってきます。その声が今も聴けるのは、盤を割らずにしまっておいた誰かがいたからです。実家の棚にも、ご両親がある時期、毎晩のように針を落とした一枚があるはずです。
捨てるのは、いつでもできます。どうか一度聴いて、調べてから、次の持ち主へ渡す先を決めてください。