査定の約束は明日。押入れから出してきた銅の花瓶はくすんで黒っぽく、ところどころに青い錆まで浮いている。このまま見せるのは気が引けるし、流しの下には金属磨きもメラミンスポンジもある。少しでもきれいにしておいたほうが、高く見てもらえるのではないか。
「蔵と押入れのお宝手帖」の織部宗一郎です。
そのお気持ちはよく分かりますが、どうか一度、手を止めてください。骨董の値打ちは、多くの場合そのくすみや錆の側にあり、磨いて落ちたものは二度と戻りません。この手帖では、素人が磨いてはいけない理由を素材ごとにお話しし、そのかわりに査定の前にしてよいことをお伝えします。
目次
「きれいにしてから」が、いちばん惜しい失敗です
古美術の店に三十年おりましたが、持ち込まれた品を前に言葉を失ったことが何度もあります。いちばん多かったのが、ご家族が前の晩に磨いてくださった品でした。
忘れられないのは、ある青銅の花入です。本来なら黒褐色の肌に緑青がまだらに浮いていたはずのものが、真新しい十円玉のような赤い地金をさらしていました。持ってこられた方は「ずいぶん汚れていたので」と、少し誇らしげでした。私はお礼を申し上げるしかありませんでしたが、店の主人と目が合ったときの気持ちは、いまも覚えています。
骨董を買う側が見ているのは、新品の輝きではありません。その品が何十年、何百年を経てきたことを示す表面です。そこを削ってしまえば残るのは「古い形をした新しい金属」で、値打ちを支えていた根拠がひとつ消えます。
磨いた跡は、見る人が見ればすぐに分かります。凹みの奥にだけ古い色が残り、出っ張ったところだけが明るく光っているからです。慌てて市販の塗料や薬品で色を戻そうとなさる方もいますが、後から付けた色は年月の色とは馴染まず、品全体を疑いの目で見られる原因になります。
骨董の値打ちは、年月がつくった表面に宿ります
骨董の世界では、年月を経て表面に生まれた落ち着いた色合いを「古色(こしょく)」と呼び、品に年月の風合いが加わることを「時代がのる」と言います。どちらも人の手で短いあいだに作れるものではないから、値打ちになるのです。
文化財の修理でも、まず「今の状態を保つ」
文化財を守る専門家も、同じ考え方に立っています。
東京文化財研究所で修復技術部長を務めた青木繁夫氏が、文部科学省の科学技術・学術審議会 資源調査分科会の報告書に寄せた文化財の修復についての解説があります。そこでは、文化財の経済的価値は文化財としての価値の上に成り立っており、それが失われれば経済的価値も消えてしまう、と述べられています。
そのうえで修復技術者の約束事として挙げられているのが、現状維持修復を原則とすること、次の修復の妨げにならない材料と技術を選ぶこと(可逆性)、修復の際に文化財が持つ情報が失われる危険に気を配ること、そして記録を残すことです。絵画や彫刻などの美術品の汚れは「それ自体が古色として」大事にすることもあり、あまり積極的にクリーニングしないのが一般的だ、とも書かれています。
金属磨きで擦る行為は、この原則のちょうど反対側にあります。今の状態を変え、元には戻せず、表面の情報を消し、何をしたかの記録も残らないからです。
専門家が削っても、失われるものがあります
同じ解説には、考えさせられる話がもうひとつ載っています。古墳から出た鉄の刀には金や銀を嵌め込んだ象嵌(ぞうがん)で文字を記したものがあり、錆の下の文字を研ぎ出す作業が古くから行われてきました。ところが歯科用のグラインダーなどで研ぎ出した結果、象嵌の表面に傷がついたり、研ぎすぎて字画が不明瞭になったりしたというのです。
文化財のクリーニングは、顕微鏡をのぞきながらメスなどで少しずつ錆を取り除くような、慎重な仕事の世界です。その専門家の手でさえ、削れば失うものがあったのです。台所のスポンジと研磨剤で、それより上手くいくはずがありません。
もっとも、錆なら何でも残せばよいわけではなく、同じ解説は、考古資料などでは劣化を進める錆や汚れを取り除くのが一般的だとも書いています。どの錆を残し、どの錆を取るかを見極めるのが専門家の仕事で、そこは素人が手を出してよい領分ではありません。
素材別に見る、やりがちな手入れと起きること
蔵や押入れから出てくる品について、よく見かける「善意の手入れ」と、その結果を表にまとめました。
| 素材・品物 | やりがちな手入れ | 起きること |
|---|---|---|
| 銅・青銅の花入、香炉、仏具 | 金属磨きで光らせる | 着色や古色、緑青がはげて赤い地金が出る |
| 銀瓶、銀の茶托や酒器 | 研磨剤入りのクロスで磨き上げる | 黒ずみと一緒に銀も削れ、刻印や彫りが甘くなる |
| 鉄瓶、鉄の置物 | 金たわしで錆を落とす、内側をこする | 鋳肌の文様がつぶれ、内側の湯垢の膜も失う |
| 漆器、蒔絵の棗や重箱 | メラミンスポンジや漂白剤を使う | 艶が曇り、蒔絵の金が擦り減る |
| 陶磁器 | 漂白剤に浸ける、クレンザーで擦る | 貫入の景色が消え、金継ぎの漆と金が傷む |
| 掛け軸、書、古文書 | 濡れ布巾で拭く、消しゴムをかける | シミが広がり、墨や絵具がにじむ |
| 刀剣 | 紙やすりや錆落とし剤で擦る | 研ぎ上げた面が荒れ、研ぎ直しの手間が増える |
どれも、やった本人は「きれいになった」と感じます。そこが厄介なところです。
このうち掛け軸や書、古文書といった紙ものは、水拭きひとつで取り返しのつかないことになります。詳しくは実家の蔵に眠る掛け軸、価値があるものとないものの見分け方の後半に書きましたので、ここでは金属、漆、焼き物を順に見ていきます。
銅・青銅と銀は、色そのものが仕上げです
日本の銅器には、仕上げに薬品や熱で表面の色を出す「着色」という工程があります。富山県高岡には、美術工芸品から仏具まで銅製品の着色を専門に手がけてきた工房があるほどで、緑青の青も渋い黒褐色も、職人が狙って出した色であることが少なくありません。そこに長い年月の古色が重なったものが、骨董としての銅器の肌です。
家庭用の金属磨きの多くは、細かな研磨剤で表面を薄く削り取って光らせる仕組みですから、磨けば着色ごと落ち、職人の仕上げと年月の古色が一度に消えます。
「緑青は毒だから落とさないと」とおっしゃる方もいますが、これは古い誤解です。日本銅センターの解説によれば、昭和59年に当時の厚生省が緑青を「普通物」と判定しており、表面に密着した緑青は、むしろ内側の銅の腐食を防ぐ役目を果たしています。
銀器の黒ずみは、空気中の硫黄分と銀が反応してできた硫化銀の膜です。研磨剤で磨けば黒い膜と一緒に銀そのものも削れ、刻印や細かな彫りの角が少しずつ丸くなります。凹みをわざと黒く燻して模様を際立たせた銀器もあり、それを残らず磨き上げると、作り手が意図した陰影まで消えてしまいます。
鉄瓶の錆と湯垢は、こすらないでください
南部鉄器のメーカーである岩鋳は、鉄瓶のお手入れの案内で「鉄瓶の内部は手を触れないでください」と書いています。使ううちに内側には赤い斑点が出て、やがて白い湯垢の膜ができるが、決してこすり落とさないように、とも。湯垢の膜ができれば、内側が赤くても湯は透明を保つようになるそうで、鉄錆は身体に害はないとも書き添えられています。
新しく買った鉄瓶でさえ内側の湯垢は守るものとされているのですから、何十年も使われた古い鉄瓶ならなおさらです。外側も同じで、霰(あられ)のような細かな鋳肌の文様は、錆を落とそうとワイヤーブラシをかければ角がつぶれ、色むらが残ります。錆止めのスプレーや塗料を吹き付けるのも、やめてください。
漆器と蒔絵に、メラミンスポンジは使えません
メラミンスポンジは、水だけで汚れが落ちる便利な道具です。製造元のレックは激落ちくんの紹介ページで、メラミン樹脂を細かく発泡させた硬い骨格が汚れと素材のあいだに入り込んで汚れを落とす、と仕組みを説明しています。そして同じページの「使用に適さない面」に、光沢のあるステンレスやプラスチックの面とともに「漆器類」を挙げています。
メーカー自身が漆器には向かないと書いている道具を、古い蒔絵の棗や重箱に当てるのは無謀です。蒔絵は漆で描いた文様に金や銀の粉を蒔き付けて表す技法で、長く使われた品では金の層がすでに擦れて薄くなっていることが少なくありません。そこへ硬い骨格を押し当てれば、漆の艶が曇り、残った金まで持っていかれるおそれがあります。台所用の塩素系漂白剤も、代表的な製品の表示では「使えないもの」に漆器が入っています。
陶磁器の汚れは、景色のこともあります
陶磁器は丈夫に見えるので、つい漂白剤に浸けたくなります。ですが茶碗の貫入(かんにゅう、釉の細かなひび)に入り込んだ茶渋は、茶の湯では「景色」として味わわれてきたもので、萩焼が使い込むほどに色を変えることを「萩の七化け」と呼ぶのはその代表です。漂白すれば、その年月が一晩で白く抜けてしまいます。
金継ぎのある器は、なおさら気をつけてください。漆で割れを継ぎ、継ぎ目に金粉を蒔いて仕上げたものですから、漂白剤もクレンザーも漆器と同じく禁物です。
刀剣の錆は、研師の領分です
素人の手入れがもっとも裏目に出るのが、刀剣です。
日本美術刀剣保存協会の刀剣博物館は、取り扱いと保存方法のなかで、刀が錆びたら「素人手入れなどはせずに研師に相談すること」と書いています。角べらや文銭(古い銭)で錆をこすると、研ぐときにかえって手数がかかり、刀剣を損なうことになる、と。続けて「病気にかかったら信用ある医者、刀剣が錆びたら信用ある研師」という言葉も添えられています。
同じページによれば、日本刀は十数種類の砥石で細かく研ぎ上げられており、拭い紙にほこりが付いているだけでもヒケ(細かな擦り傷)の原因になるそうです。そこに紙やすりを当てればどうなるかは、申し上げるまでもありません。
刀剣を査定に出すときは、無理に鞘から抜かず、登録証を必ず一緒にしてください。刀剣博物館も、登録証は鞘に巻き付けるか刀袋に縫い付けておくよう案内しています。
査定の前に、してよいこと
では何もしないのが一番かといえば、少し違います。手を加えずにできる準備があるからです。
- 乾いた柔らかい布か毛先の柔らかい刷毛で、表面のほこりを軽く払う
- 手を加える前に、全体、銘や刻印、傷んでいる箇所を写真に撮る
- 共箱、仕覆(しふく)、鑑定書、由来書、刀剣の登録証をそろえ、品と同じ場所に置く
- 錆やカビが気になっても、濡らさず、薬品を使わず、そのままにしておく
- 査定のときは、状態をありのままに伝える
写真は明るい窓辺で、錆や汚れも隠さずに撮っておいてください。査定の前に写真を送って相談する場合も、手を加える前の姿がそのまま伝わるほうが、話は早く進みます。
ほこりを払うときも、強く擦らないでください。箱の蓋の文字は、乾いた布でも擦れば薄れます。箱の扱いについては骨董品の「箱書き」とは?桐箱が査定額を左右する理由で詳しくお話ししています。
最後の「伝える」は、思いのほか大切です。「何もしていません」と言えるならそれがいちばんで、もし手を入れてしまっていたら「一度、水拭きしました」「この部分だけ磨いてしまいました」と正直におっしゃってください。文化財の修復で記録を残すのと同じ理屈で、何をしたかが分かれば、見る側はそれを踏まえたうえで品そのものを判断できます。隠されると、そこから先の見立てがすべて揺らぎます。
まとめ
- 骨董の値打ちは、年月がつくった表面に宿る。古色、緑青、錆、湯垢、茶渋もその一部
- 文化財の修理でも、現状を保つことと元に戻せることが原則。磨くのはその反対
- 銅器の色は職人の着色であることが多く、銀は磨けば身が削れる
- 鉄瓶の内側は触らない。漆器にメラミンスポンジと漂白剤は使わない
- 刀剣の錆は研師に任せ、登録証を必ず添える
- してよいのは、ほこりを払う、写真を撮る、付属品をそろえる、ありのままを伝える、まで
くすんだ花瓶を前に「このままでは失礼だ」と感じるのは、品を大切に思う気持ちがあるからだと思います。けれども、その品にとっていちばんの礼儀は、受け継いだときの姿のまま次の持ち主へ渡すことです。
磨くのも捨てるのも、いつでもできます。どうか、そのままの姿で見てもらうのを先になさってください。