着物は本当に売れないのか?値がつく着物・つかない着物の境界線
桐の箪笥の引き出しを一段ずつ開けていくと、たとう紙の包みが何枚も重なって出てくる。母が若いころに誂えたもの、嫁入りのときに持たせてもらったもの、一度も袖を通さなかったらしいもの。数えてみたら五十枚を超えていた。「着物なんて今は売れないよ」「どうせ二束三文だから」と知人に言われ、まとめて処分してしまおうか迷っている。そうした相談を、私はこれまで何度も受けてきました。
「蔵と押入れのお宝手帖」の織部宗一郎です。古美術の店に三十年ほど勤め、蔵や実家の整理に呼ばれるたびに、着物の山とも向き合ってまいりました。
「着物は売れない」という話は、半分は本当で、半分は誤解です。値がほとんどつかない着物があるのは事実ですが、同じ箪笥のなかに、しっかり評価される一枚が混じっていることも珍しくありません。この記事では、その境目がどこにあるのかを、素材、産地、証紙、寸法、状態の順にお話しします。
「着物は売れない」と言われるのには、わけがあります
まず、売れないと言われる背景から見ておきます。
矢野経済研究所が2026年4月に公表した推計によれば、リサイクルきものなども含めた2025年の呉服小売市場は2,030億円で、前年の95.8%にとどまりました。減少は2年続いており、同社は販売価格の高騰と、実質賃金が伸びないなかでの買い控えを理由に挙げています。新しい着物を買う人が減れば、古い着物を求める人も増えません。中古の着物の値が立ちにくいのは、この市場の縮み方と無関係ではありません。
もうひとつは、着物そのものの性質です。仕立て上がった着物は、もとの持ち主の背丈や腕の長さに合わせて縫われています。縫い込みに余裕があれば身丈や裄(ゆき、背中の中心から袖口までの長さ)を出せますが、その余裕には限りがあります。お母様やお祖母様の世代と、いま着物を探している世代とでは体格が違いますから、寸法の小さい着物は、どれほど良い品でも着られる人が限られてしまいます。裄は、着物を平らに広げ、背中の縫い目から袖口までを巻き尺で測れば分かります。
普段着の分野では、洗える化繊の着物が新品で手頃に買えるようになりました。わざわざ中古のウールや化繊の着物を選ぶ理由は、どうしても薄れます。
ただ、ここまではあくまで着物全体の傾向です。箪笥のなかの一枚一枚には、それぞれ別の値打ちがあります。
値がつく着物・つかない着物の境界線
私が現場で見てきた範囲で、評価の分かれ目を表にまとめました。どれか一つの条件で値段が決まるのではなく、いくつかの条件が重なって評価が形づくられます。
| 見るところ | 値がつきやすい側 | 値がつきにくい側 |
|---|---|---|
| 素材 | 正絹(絹100%) | ウール、ポリエステルなどの化繊 |
| 産地・技法 | 伝統的工芸品に指定された産地の織物・染物 | 産地も作りも分からない量産品 |
| 証明 | 証紙が残っている | 証紙がなく、産地の裏付けが取れない |
| 作り手 | 作家の落款がある | 無銘 |
| 寸法 | 身丈・裄が大きめ、または未仕立ての反物 | 極端に小さい |
| 状態 | 未着用でしつけ糸付き、保管がよい | シミ、カビ、におい、虫食い |
| 種類 | 訪問着、紬、袋帯など | 喪服、家紋入りの着物 |
まずは正絹かどうか
最初の分かれ目は素材です。絹を使った正絹の着物と、ウールや化繊の着物とでは、評価の土俵がまるで違います。正絹はしなやかに手に沿い、光にかざすと奥のほうから柔らかく光ります。ウールは毛織物らしい張りがあり、裏地をつけない単衣(ひとえ)に仕立てられたものが多いはずです。
ただし、手触りだけで決めつけるのは危ういことです。紬のなかには、ざっくりとした風合いのせいでウールと見間違えられるものがあります。素材を確かめようと端を焼いてみる方もいらっしゃいますが、着物を傷めるだけですからおやめください。迷うものは、迷ったまま査定に回せば足ります。
以前、ある家の整理で、ご家族が「普段着のウールだから」と処分の袋に詰めていた着物を広げてみたことがあります。袋の底のたとう紙から出てきたのは、証紙の付いた紬でした。地味な普段着に見える紬ほど、こうして取り違えられやすいものです。
大島紬・結城紬のような産地ものは、別の物差しで見られます
正絹のなかでも、産地の名を背負った織物や染物は、ひとつ上の物差しで見られます。経済産業大臣が指定する「伝統的工芸品」は、主な工程が手仕事であること、百年以上続く技術と原材料を使っていることなどを条件に選ばれ、全国で240を超える品目があります。鹿児島県の本場大島紬や、茨城と栃木にまたがる産地の結城紬もその一つです。
結城紬は伝統的工芸品であるうえに、昭和31年に国の重要無形文化財にも指定されました。文化庁の文化遺産オンラインによれば、その技法は、糸をすべて真綿から手で紡ぎ、絣の模様を手で括り、経糸を腰で吊って張りを加減する古式の織機で織るというものです。これだけの手間を重ねた布が、量産の着物と同じ値で扱われることはありません。
作家物も、別の物差しで見られる側に入ります。作家の名や印が着物に小さく入っていることがあり、これを落款と呼びます。落款があれば、誰の手になるものかを辿る手がかりになります。
つきにくい側にも、見落としやすい例外があります
表の右側に当てはまるからといって、すぐに処分の山へ回さないでください。
喪服は中古で求める方が少なく、値がつきにくいと言われます。家紋の入った着物も、紋を入れ替える手間がかかるぶん、評価が伸びにくいとされます。シミのある着物も同じです。けれども、そうした着物と一緒にしまわれていた袋帯が、それだけで評価されることがあります。帯にも、西陣織や博多織のように伝統的工芸品に指定された織物があります。しかも帯は着物ほど体格の影響を受けませんから、寸法の小さい着物ばかりの箪笥でも、帯は別にしておいてください。帯締めや帯留め、かんざしといった小物も同じ扱いです。
仕立てる前の反物も見落とされがちです。寸法がまだ決まっていない布ですから、どんな体格の方の着物にもなり得ます。
証紙は、着物の身元を明かす書き付けです
境界線のなかで、ご家族の手でいちばん守りやすく、いちばん失われやすいのが証紙です。
証紙とは、産地の組合などが「この布はたしかにこの産地で、この基準で作られた」と証明するために、反物の織り始めのあたりに貼る紙のことです。国の伝統的工芸品には、伝統マークをあしらった「伝統証紙」があります。新潟県の伝統的工芸品の解説によれば、伝統証紙が貼られているのは、産地組合などが行う検査に合格した、経済産業大臣指定の伝統的工芸品です。
産地ごとの証紙もあります。大島紬でいえば、奄美の産地の「地球印」と、鹿児島の産地の「旗印」がよく知られています。奄美市の本場奄美大島紬購入費等助成制度は、対象を「本場奄美大島紬協同組合の検査を合格し『地球印』の証紙が貼付された反物」と定めています。市の助成の条件になるほど、証紙は産地を示す確かな印として扱われているわけです。
結城紬では、本場結城紬検査協同組合が、幅や長さ、打ち込み本数、模様のずれなど16項目を検査し、合格した反物に検査証を貼ります。しかも、地機で織ったか高機で織ったかで、貼られる証紙の図柄が違います。紙一枚に、織り方まで書き込まれているのです。
骨董の世界で桐箱の箱書きが担っている役目を、着物の世界では証紙が担っています。箱書きについては骨董品の「箱書き」とは?桐箱が査定額を左右する理由に書きましたので、あわせてお読みください。
仕立てるときに証紙は反物から切り離され、着物とは別にしまわれていることがよくあります。探す場所は、だいたい決まっています。
- 着物を包んだたとう紙の中
- 箪笥の小引き出しや、帯の箱の底
- 購入したときの箱、領収書や仕立て票の束
- 未仕立ての反物なら、巻いた布の端
見つけたら、どの着物のものか分かるように、その着物のたとう紙に一緒に入れておいてください。ただし、証紙は精巧に真似されることもあります。証紙があるから本物、ないから偽物という単純な話ではなく、最後は布そのものを見て判断されます。
査定の前に、してよいこと・いけないこと
査定の前にご家族にしていただきたいことは、多くありません。
- 天気のよい乾いた日に、風通しのよい日陰で陰干しをして、湿気とにおいを抜く
- 証紙、帯、帯締めなどの小物を、着物と同じ場所にそろえておく
- 着物と帯のおおよその枚数を書き留めておく
- 畳み直しはせず、たとう紙に包んだままにしておく
反対に、してはいけないことがあります。
- 家庭で水洗いをする
- シミを自分で落とそうとする
- 査定のためだけにクリーニングや染み抜きに出す
- 「これはウールだろう」と自分で仕分けて捨てる
正絹は水に弱い布です。岡山県消費生活センターも、絹や毛を「水洗いすると風合いが落ちるデリケートな衣料」として、ドライクリーニングに向くと説明しています。一度縮んだ着物は元に戻りません。クリーニング代が査定額にそのまま上乗せされる保証もありませんから、汚れたままの状態で見せてかまいません。シミの具合も含めて見てもらうのが査定です。
査定を申し込むときは、着物と帯のおおよその枚数、証紙の有無、紬や訪問着といった種類の見当を伝えておくと、話が早く進みます。何十枚もある場合は、一部だけ見せて残りを処分するのではなく、すべてを見てもらってください。値のつく一枚は、たいてい箪笥の奥のほうに眠っています。
出張買取を頼むなら、この決まりを知っておいてください
着物は量がかさむので、業者に家まで来てもらう方が多いと思います。その前に知っておいていただきたいことがあります。
国民生活センターがまとめた訪問購入の相談件数は、2025年度で7,523件にのぼります。同じページには、「不用品や和服の買い取りのはずが貴金属を買い取られた」という相談が寄せられていると書かれています。着物を口実に家へ上がり、貴金属や宝石を出させるという流れです。
こうした訪問による買取は、特定商取引法で「訪問購入」として規制されており、着物は規制の対象外とされる品目に入っていません。消費者庁の特定商取引法ガイドには、業者は勧誘の前に、名称、勧誘の目的、買い取ろうとする物品の種類を告げなければならないこと、そして「単に相手方から査定の依頼があった場合に、査定を超えて勧誘を行うことは、法に抵触する」ことが書かれています。着物の査定を頼んだのに貴金属の話を持ち出されたら、その場で断ってかまいません。
契約したあとでも、法律で決められた書面を受け取った日から数えて8日以内なら、クーリング・オフができます。その期間中は、品物の引渡しを拒むこともできます。
- 自分から依頼した業者だけを家に上げる
- 査定にはご家族の誰かに同席してもらう
- 頼んでいない品物は見せない
- 契約するなら書面を受け取り、8日間は品物を手元に残しておく
おかしいと感じたら、消費者ホットライン「188」に電話してください。最寄りの消費生活センターなどの相談窓口を案内してもらえます。
まとめ
箪笥の着物を前にしたときの見る順番を、もう一度整理しておきます。
- 「着物は売れない」は全体の傾向で、一枚ごとの値打ちは別
- まず正絹か、産地ものか、作家物かを見る。迷うものは残す
- 証紙を探し、着物と一緒に保管する
- 寸法が小さくても、帯や小物、反物は別に評価されることがある
- 洗わず、自分でシミを取らず、汚れたまま見せる
- 出張買取は自分で依頼した業者に限り、書面と8日間の決まりを覚えておく
着物の値段は、時期や状態、作り手によって大きく変わります。写真や文章だけで「これはいくら」と申し上げることは、私にもできません。だからこそ、処分の判断を、着物を見慣れていない人の一言に任せてほしくないのです。
母が誂えた一枚には、選んだ反物の色にも、仕立ての寸法にも、その人の暮らしが染み込んでいます。次に着る人へ渡すことは、着物を生かし続けることでもあります。
捨てるのは、いつでもできます。どうか、箪笥の中身をまとめて処分に出す前に、着物に通じた業者の査定を一度受けてください。値がつかなかった着物の行き先を考えるのは、それからでも遅くありません。